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日記:十五日目:濾過

消化試合になってきた。日記の話だ。頭を使わずに書いている。文字を並べるだけの作業になっている。どうしたものか。

 

窓から外を眺めてみる。焦げ茶色の木枠で縦に3、横に2の縦長で、ガラスが6枚嵌められている。外側に15角形の小さなランプが二つついていて、ガラスの分厚いところは橙色だけれど灯りは黄色のようだ。大きな白い犬や、車輪に蛍光青のランプをつけた自転車が通っていった。奥から手前へ。

 

小林秀雄の考えるヒントを斜め読みしながら、考えていないなあと思う。生死とか、愛とか、人間社会とか、意味とか、考えたいことはあるはずなのに、何を書こうとしてもどこかで聞いたことのある文章しか出てこない。考えてみたいこと列挙すら月並みだ。みな何かの受け売りにまみれて話してるんでしょう、と思うけれど、受け売りもどの脳みそを通過するかで、センスのあるものに変われることもあるみたい。

 

月並みを調べてみたら、語源は月例で、平凡を指すようになったのは正岡子規からだとか。たいていの情報は10秒で手に入るようになった。

 

人類は、一日に何キロも歩く能力を必要としなくなったように、すでにある情報を詰め込んでおく能力も、あまり必要としなくなったのかもしれない。だとすると、受け売りを脳みそで濾過するうちに、どれだけ今までになかった情報に変換するかは、当面人間の専売特許になるか?当面もいつまでかはわからないけれど。

 

濾過装置が壊れていて、すべて垂れ流ししかできてない。意味なんてもともとあるもんじゃない、後付けしていくものだなあ。