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週記:十八日目:社交性

今週、1回同じタイトルで記事を上げていたのだが、攻撃的な気がして下げてしまった。改めて整理するのとキリよく1週間空いたので週記のつもりで書き直し。

 

 

■週記   

11日 Sat.

TOEFLを受けに行った。14時46分は山手線にのっていた。アナウンスなど特になし。数日前に地下鉄では「土曜14:46から防災訓練につきご不便がうんぬんかんぬん」と案内されていたので、JRの方針かなあと思う。

確か目の前にはウトウトしているおじさんと携帯をのぞきこみながらはしゃいでいる若い女の子二人組が座っていて、6年経ったな、と思う。

いつまでも悼めと強制するのはどうかと思うけれど、この国は地震とは切っても切り離せないので、国や企業だけでなくみんなは自分に起こった時どうするんだっけと考え直すキッカケにできればいいよね、と優等生みたいなことを考える。別に1月17日だって、4月14日だって、9月1日でも10月23日でもいいけどね。私はこの日が一番覚えやすいけど。

電気屋とTSUTAYAに寄って帰宅。夕方くらいから眠り込んでしまう。

 

13日 Mon.

重い腰を上げて手帳に書いたイベントに行くがすぐに帰る。夜の飲み会に飛び込み参加するか直前まで迷っていたけれどやはり行かずに終わってしまう。社交性がないなあ。

 

14日 Tue.

重い腰が上がらなくて手帳に書いたイベントに行かない。

 

15日 Wed.

学校に行って論文を読む。circle of lifeを歌いながら夕闇を散歩して友人と飲む。久しぶりに5時間くらい話し込んだ。夜中別れ際に携帯を見るとめずらしく別件で2件飲みのお誘いが入っていた。最近は1週間以上誰とも連絡取らないのが普通になってきているので、こういうのは重なるものだなあと不思議に思う。

久しぶりに人と話したら、喋れない。声帯も錆びついてカスッカスだし、声の大小の調整がわからなくなってかなり小声&言葉尻がしぼみ消えることが多い。声が裏返ることもある。間を取る無意な発語が非常に多い。「あのー」とか「なんか」とかってやたら間に挟んじゃうの、あれなんて言うんだ?間投詞?違う気がする。ググり方が分からないので出てこない。気になる。

 

16日 Thu.

 今週一番の活動的な日。朝から満員電車でイッタンモメンになる。この街に住んでいたら圧死しそうだ。行くまでの時間と人混みと乗り換えとお金が面倒でついつい腰が重くなるけど、手帳に書いたイベント、行ったら意外と楽しいんだよねえ。この街は思っていたより広い。どこへ行くにもなんだかんだ1時間弱かかっているような気がする。京都はコンパクトなのでフットワークが軽くなれた。徒歩30分くらいなら今でも突然の呼び出し歓迎なのだけれど。

昼からバイト。相変わらず声が出にくい。挨拶しても無視する人がいて、久しぶりに会ったので落ち込んだけれど、最後帰る挨拶には返してくれたから若干持ち直す。嫌われてるのかなあと思うタイミングはあるけれど、内容がわからないので釈然としない。 まあ不都合があったら他の人が教えてくれると思うので、特に何も言われないということはこのままびくびくしてていいんだろう。ドストエフスキーを思い出した。ロシア文学にヒステリックな登場人物が多いことを不自然だと思っていたけれど、私が知らない現実なのだ。

初めて国立国会図書館に行く。丸みを帯びた太い手すりとか、壁がセメント的でボコボコしていることとか、巨大なモザイク画が掛けられていることに地元の市立図書館を思い出す。公立図書館はどこもこんなもんなのか?ほぼ大学図書館で用事を済ませてきたので、京都では公民館みたいな区立図書館と、観光スポットになっていそうな有名デザイナーのオシャレ図書館しか行ったことがない。 調べ物をしてすぐに帰る。手続きは面倒だったけれど、斜視のおじさんが丁寧に教えてくれて嬉しい。ミステリー小説に出てきそうな、読者に怪しまれるけど実際は親切な人みたい、とちょっと失礼な感想を抱く。

 喫茶店によって日記を更新して帰る。たよりない発声に危機感を覚えたので、薄田泣菫を朗読する。携帯で録画してみたら自分の口元が左右不対称に動いていることに気がついた。皮肉っぽく見えてしまうなあ。表情筋エクササイズみたいなことをしながら寝る。

 

17日 Fri.

寒くて6時に起きた。なんだか嫌な夢を見て昨日の日記を消す。昼に学校へ向かい、M2の修論報告を聞いてひたすら焦る。マルチタスクが相変わらずできていない。今日は発声がいい感じな気がする。

友人とご飯を食べながら近況報告などする。心がすっきりしたのと、考えていたことが整理された。人と話すのはいいもんだ。

 

 

 

 

■社交性   

東洋哲学に「日常において他者に影響されることで、より良い自分に近づける」という考えがあるらしい。Diversityがいろいろ言われる意味はここにあるのかなと暫定している。だから社交とか交際というものを大事にしたほうがいいんだろうなあ、と思うけれど、バイタリティと好奇心が足りていない。

 

自分が社交的でないなあと感じる瞬間は3つくらいある。

・旧い友人と関係を保っていくことの難しさ。

学校やコミュニティでは日々会うシステムが確立されているが、そのシステムから卒業すると、意志を持って会わねばすぐに間が空いてしまう。と思うとtwitterはいいツールだったな、と思うけれど…SNSの醍醐味と疲労については、またいつか。

 

・中集団でリラックスできない。

大集団だと逆に少人数に分かれるので良いのだが、4~6人の雑談でリラックスしにくい。その人数でも気兼ねしないパターンは2,3種類くらいしかない。この理由は一度友人と考えてみたのだけど、自分が楽しいと思う話題が偏っていて、少人数に比べ話題選択権を失いやすいことが退屈につながるのではないか、という仮定に落ち着いた。わ、わがまま…。自分の気の持ちようが悪いだけなので気にしないでください。1対1が大好きなので、付き合いが浅い異性の友人には警戒されやすい。

 

・ゆるい繋がりの交流(クラコンや昔のインターンの同期みたいなコミュニティ)とか、初対面のネットワーキングに対して消極的。

興味がないと話題が思いつかないから…でも、何を考えているのとか、最近あった楽しいこととかいう話は誰であれ楽しい。当たり障りのない時間つぶし、特に意見を求めるわけでもない出来事の共有、携帯が壊れたとか、疲れた暑い寒い、恋人がどうだとかは相槌に困る。相手の発言に対する返球の類型が少ないんだと思う。相手が知らなさそうな情報を付け加えるか、さらに詳しく尋ねてみるかの2パターンくらいしかないのでは。どちらも特にない場合はそうなんですかなるほどで終わってしまう。コミュ力ある人ってどうやって相槌うってるんだろう。

 

 

社交性のある人とは

・バイタリティのある人

自分から積極的に会おうと連絡を取る人。人に対する興味が強いとか、さみしがりやなのかなあ。機会があれば参加すること。その機会を楽しめる主体性。

 

・雑談能力がある人

相手に気持ちよく話させる人。明るい、会話のテンポが小気味よい、ユーモアがある、声が聴きやすい、相槌の類型が多い。

誰とでも話せる人。普段から様々な人と付き合っている、話し方のTPOが多い、知識が豊富、相手への興味が強い。

 

 

社交性を持つためには、楽しむ主体性と相手への好奇心が大事なのかなー。それって具体的にどうやるの?