日記:二十日目:帰省

帰省は強い。復活した。体力0の自覚はなかったし事実元気だったのだが、復活した。精神の元気アベレージが30くらいまで下がっていたのが、80くらいに上がり、なおかつ満タンな気分。

 

木曜はバイトで、先週嫌われてると思ってた人と久しぶりにいっぱいおしゃべりして嬉しかった。なんだかんだ落ち込んでいたのね。早退して花を買いに行く。祝賀会用の先輩への花束。そこそこキチンとした格好のつもりだったけれど、同級生がもっと綺麗な格好をしていたので一時帰宅する。家のドアまで20分くらいのところにいて、残り時間45分。全力疾走して15分で帰り5分で着替えて小道具をひっ掴み、残り時間7分ぐらいの時間に戻った。小道具を2,3足すと一気に見栄えが変わって便利。久しぶりにお酒を飲んで酔っ払う。たーのしー。酔ったまま深夜携帯から性格テストをする。いつもより明るい人間として記録されたかもしれない。

 

金曜に帰省。先日誕生日だったので両親とホテルで食事を取る。地方の中都市なのでそこそこキレイだし、何より空間が広い。東京でこれくらい広いホテルだったら大富豪用だろうと思う。食事は東京のカフェの方が美味しいな。買い物をしたりうたた寝をしたり画集をみたりした。帰りの新幹線でここ数日読んでいたサマセット・モームの「月と六ペンス」が終わったので、ゴーギャンの絵を観たくなったのだ。父が学生時代にノリで買ってしまった全20巻の画集がホコリをかぶっていて、久しぶりに日の目をみた図録たち。母は西洋画だとミレーが好きらしいのだが、上村松園東山魁夷菱田春草の方が好きなようで、日本画シリーズの画集は飛び飛びで3冊だけある。

夜はtoiletという映画を一緒に観た。母が好きな監督だ。静かでユーモラスでいい映画。使われていた曲をyoutubeで聴きながらこれを書いている。リストの「ため息」「伝説 第二番」とベートーベンの「ヴァルトシュタイン」。だらだら話しながら観ていたが、いくつかオチを読んでしまったので母が少し拗ねていた。

 

土曜は自分の生命保険の更新をしたり、また買い物に出たり、午後は初めて大江健三郎を読んでいた。「静かな生活」。結構好きな感じがしたので他のも読んでみたい。あと有名な弔辞をまとめた新書を読んだ。よく知りもしない人たちの人生が、弔辞をよむ人たちの慕情でやや美化されていることを差し引いても、鮮やかな情熱に満ちた味わい深い人生のようになっていた。偲ぶ人たちの美しい日本語や、粋な先人たちの一端に触れた気がして、来し方と逝き方を想った。久しぶりにwifiがある夜を過ごしたので、ピースオブケイクという少女漫画の邦画の人気があるシーンを見たり、NON STYLEの漫才を見たり、youtubeを漁りながら寝るという贅沢をできた。wifiやっぱり家に引こうかなあ。笑うと幸せ。

 

今日の昼頃に新幹線へ。唐突に在りし日を思い返す。両親がまだ朝寝坊をするほど若く、私と姉の体が小さかった時の頃だ。休日の早朝、姉と一緒に両親の寝室へ忍び込んで、大きなベットで4人で一緒に二度寝をした。両親の寝室には淡い橙色のカーテンがかかっているので、晴れた日曜日だと暖かな色合いになっていた。その色と光、姉と両親の体温。もう体が大きいので二度と4人で同じベットには入れない。二度と帰れないあの日の愛しさと、愛情の記憶を持つことの嬉しさがこみ上げて流れていく。子どもを持ちたくなってしまった。結婚したいなあ。

 

そんなわけで、幸福を味わう気持ちが差し込んで、生きることを嬉しく思う数日だった。帰省は強い。