日記:二十二日目:無意識の差別ー神経過敏

無意識の差別 と 神経過敏 との中庸について。

しばらく息つく暇もないほどの忙しさだったので、ここで日記を付けていたことをほぼ忘れていた。モンヤリと考えていることを言語化しないまま数ヶ月溜めてしまっていたので、少なくとも自分とは対話しておかねば、と再開しました。

 

二つの意味でバランスが取れないでいる。

①神経過敏と②気を遣うトピックが偏っていることだ。

 

 

①過敏

 

新しい人々や知見との出会いのおかげで、新しい「敏感さ」のようなものが増えた。たとえば同性愛者の人が、カミングアウトする気のないコミュニティの中で、「結婚したいよねー」や「どういう異性がタイプなの?」という話題に対し、居心地の悪さを感じるということ。それを知ってから、親しいか親しくないかに拘らず、私は(相手が始めない限り)恋愛の話をしなくなった。

 一方で、恋愛の話は打ち解けるためにわりと便利な話題でもあるので、他の人が聞き始めたとしても、止めなよ〜とは思わない。

 

少し敏感さを進めかつ同性愛から離れると、異性愛者であると分かっている相手に対し「結婚してらっしゃるんですか」、既婚者であると分かっている相手に対し「お子さんはいらっしゃるんですか」も聞けなくなった話題である。

相手が望んでいるけれども悩んでいるのであれば傷つけるかもしれないし、

相手が望んでいないのであれば「結婚している/子どもがいることが、まるで社会的に正しいあり方かのように」思わせる/私が思っていると受け取られることで、居心地を悪くさせたくないからだ。

 ただこの話も打ち解け(以下略)なので、触れないでいるといつまでたっても天気や仕事の話しかできない(今のバイト先が一年近く働いてるのにその状態になっている)。

親しくなれる可能性を捨ててる気がして、他人への無関心を加速させている気がして、これくらいなら話してもいいのかなぁでも傷つけるリスクを冒してでも聞きたいわけでもないしなぁ、となる。

 

さらに敏感さを進めると、「あの人同性愛者なんだって、ショック」と言われると止めてほしくなる。その「ショック」が「自分があの人の恋愛対象になりえないこと」を指すのか(あの人結婚してるんだってショック、と同じ意味)、「あの人が同性愛者であることで、何らかのネガティブな印象が付け加わった」ことを指すのか不明だが、不明であるがゆえにこの発言は加害的だし、この発言をした人はそこまで考えてなさそうだからだ。

 

しかしこの発言は、「オカマかよ」とか「(女性の姿になっている人に対し)おまえオッサンだろ」みたいな発言と違って、悪意が明らかではない。悪意が明らかでないと、注意をためらってしまう。神経過敏なのかなと自信がなくなるからだ。

悪意が明らかでない他の例。ある日テレビを見ていたら、某人気なアイドルが、女性的な話し方をする俳優に対し、「えっ…あのさ、どっちなの?」と聞いた。その俳優は「違います!女の子が好きですよぅ」と答え、アイドルは「あぁ、そうなの」と答えていたが、

そのアイドルは口に出さなかっただけで「おまえってオカマなの?だとしたらちょっとヤダ」と思っているのかな、という印象を持ってしまったし、俳優からは「同性愛者と勘違いされるなんて心外」と思っているのかな、という印象を持ってしまった。

ただ明確にそういう意味の発言はなかったし、私が神経過敏で勝手にそういう印象を持った可能性もあるので、悪意が明らかではない。モヤモヤしたので人に話したら、困らせてしまった。結局相手は感想を言語化してくれなかったが、なんとなく雰囲気から「それは…意識しすぎなんじゃ…」と思っていそうだった。

 

 

 

 

何かに違和感を持ったとき、それをどの程度嫌がるか、嫌がっていることを相手に伝えるか、が「神経過敏」のレベルを決めると思う。あまり相手を息苦しくさせたくない、萎縮させたくない、疲れさせたくないので、神経過敏になりたくはない。

一方で、自分だけが気をつけていればいいよね、というスタンスを取るのもなんだか無責任な気がしてしまう。「無意識の差別」というものが減っていくと良い社会になるんじゃないかなぁとも思っているので。

 

ということで、神経過敏の程よいバランスの取り方が分かっていない。相手に伝えるべきこと、言わなくてもいいことの区別はどこか。伝えるとして、どう対話すればいいのか。独善的にスピーチするのではなく。

 

 

 

②トピックの偏り

こっちの話はすぐ終わります。

全てのことに気をつけるのは、私には無理かも知れないけれど、

「自分が無頓着なトピックでも誰かを傷つけている可能性がある」ということはさすがに分かっている。

たとえばそれは家族との関係性かもしれない、金銭感覚、新興宗教への印象、学歴、身体といったトピックについては、比較的気に留めず話してしまうのだが、なんらかの無意識の差別をしていそうだ。ここで思いもよらず、挙げることすらできなかったトピックにもきっとあるだろう。

今思い浮かんだトピックだけでももう少し気遣えると良いのだが、想像力の乏しい私は、具体的な「感覚」のようなものを聞いたり読んだりしないと気が遣えない。ので偏っているなぁと思う。

 

 

 

他者からの教えで自分の価値規範がアップデートされるものの、他者からの教えをあまり主体的に求めていない上に、せっかくアップデートしたものも他者と対話してないので、人としての人生最近サボってるなぁと後ろめたく思ってます。