中谷宇吉郎『雪』:雪博士の研究の日々

勘の良いひとなら、なぜ急にこの本を読んだかのキッカケ、そのキッカケに出会った出所までも、瞬時に嗅ぎとってしまうのだろうが、ここはひとまず素知らぬ振りを頼みたい。

 

1938年、岩波新書の最初に出版された20冊、そのうち一点であったこの本は、自然科学の名著として知られている。らしい。その評価点は、巻末の解説によると「科学の本にありがちな『最新の成果を解説した"知識の本"』」ではなく

科学者が自然現象の解明にいかに知恵を働かせたか、を語った点で、"知恵の本"とよぶべきもの

という点にあるらしい。

『雪』を読んでゆくと、まるで自分も中谷といっしょに仕事をしているかのような気持ちになって、研究の道筋をたどり、それを通して、自然を見る目、現象について考える態度が身につき、自然科学の研究の面白さがわかる。

 

 

 私は知的に怠惰な人間なので、思考回路をたどることよりも、手っ取り早く知識を仕入れることを好みがちである。さらにひどい時には仕入れも早々に諦め、文の調べの美しさを味わいはじめる。この本はそんなぐうたらさえも、朴訥としているようで詩情も漂う文章によってつなぎ留めておいてくれる。

気に入ったものを少し書き抜いておくと

この細塵は太陽の光との合奏によってわれわれに青空を与えている。もしも空気中にこの種の細塵がなかったなら、われわれは青い空を見ることができないのである。

 であるとか

夏の日地上のわれわれが炎暑に苦しめられてあえいでいる時、上層を流れる白雲の世界は零下十度あるいはずっとそれ以下の寒冷の大気に充ちているのである。

とかだ。

 

 本の中身をかるく説明しておくと、四章立てになっていて、最初に雪害の話と科学者の挑み、次に雪のしくみを簡単に述べ、雪の結晶をいくつも紹介したのち、最後に人工雪を作ろうとする奮闘を見せてくれる、150ページほどの薄い本だ。

 後半になるにつれ横着な私は根気を失い、主に前半の二章を楽しんだのだが、古びた文章は特有の魅力がある。いや、中谷宇吉郎に魅了されているのかもしれない。

 現代の口語は何かにつけ激情的な言い回しで、ときに軽薄な印象も受けてしまうけれど、この文章は淡々としているようで中谷がいかに雪に魅せられているかを窺わせる。こういう文章を趣深いと呼ぶのだろう。

 自分を主人公にせず、雪を主人公にする。しかしその雪を詳述している目線は読者に共有される。それを通して中谷宇吉郎の控えめな情熱が伝わってくる。そういう本であった。